ha ha ha 考える歯

「終わりよければ全てよし」 尾畑 雅美さん(未来をひらく日本委員会代表、元NHK専務理事)

“ロシアパンにやられた”

私の人生のスタートは、NHKの政治記者でした。
1967年、三木武夫外相に同行して、モスコーでの「北方領土返還交渉」を取材したことがある。
モスコーでの初日、ホテルで朝食のパンを食べようとした時、前上歯の「差し歯」が”ポキッ”と音を立て、ヒビが入ってしまった。
ロシアのパンは固いのだ。
「いやー、これはまずいぞ!」。
19日間の取材旅行は、これから始まるのだ。
心配で、心臓がドキドキ高鳴った。

“歯に泣いた19日間”

この時は、小生にとって初の「海外取材」でした。
モスコーの後、ポーランド・チェコ・ハンガリー三ヶ国を日本の外務大臣が、 戦後初めて公式訪問する。
その模様を各国で取材し、ラジオでリポートをしなければならない。
その上、各国ごとに長時間かかる ディナーあり、ランチありでまいってしまう。
折れそうな「差し歯」にヒヤヒヤしながら悪戦苦闘の日々だった。

“涙”の19日間。

羽田に着いたときは「ホッと」して“めまい”に襲われたぐらいだ。

“噛める男”に変身

郷里の大先輩である内海倫さん(元人事院総裁)に、「日本一の歯医者さんだよ」と、田北敏行先生をご紹介いただいたのは、NHKを辞めて、今の“トライ”を始めたころ。
全部の歯を見違えるほどキレイに治してもらった。
70年のわが人生で初めて、食事は“噛む”ものだと知った。
愚妻も、「食事のつくり甲斐があるわ」と、喜びを“噛み”しめている。

終わりよければ・・・

今にして思えば、「差し歯」の日々は、40年間に及んだ。
テレビ時代に入って、ワシントンから「沖縄返還交渉」の模様を伝えたり、 北京から田中角栄 一 周恩来間の「日中国交回復」の模様をリポートしたりしたが、その都度、換えの「差し歯」を使い分け何とかしのいできた。
仲の良い駐仏大使に「パリで一番美味しいレストランだぞ」とご馳走になったときも、コワゴワ口に入れるだけ。
味など覚えている訳がない。
しかし“噛める男”に変身したら、早速、2004年1月ブッシュ大統領の二期目の就任式に招かれた。
生まれて始めてディナーを”シッカリ”味わうことができた。
まあ、「差し歯」の20世紀は忘れよう。
21世紀の今は、こうしてゆっくり噛めて、ジックリ味わえるのだから。
なにしろ、「終わりよければ、全てよし」なのだ。