ha ha ha 考える歯

「花の芯」 菊竹 清訓さん(日本建築士会連合会 会長)

 十数年前、歯の悩みがきっかけで知り合いになった田北先生から、「日本歯学センター」の内装設計のお話を頂き、まずはお目に かかって歯に対する考え方について伺うことになった。

 先生は、“患者さんの歯の相談にのりたい”とおっしゃられた。
歯の具合を診て、どういう順序でどこから始めていくか、そのプロセスの相談の中から、患者さんの歯を本来あるべき姿に近づけていくのだそうだ。お尋ねするうちに、これは面白い発想をなさる先生だなと思った。

 だいたい日本のこれまでの歯科医院では、口の中を診てから、黙ってあっという間に抜歯される。
その早技が腕の見せ所のようで、“痛い”という間もないような治療がほとんどだった。
子供の頃、九州の郷里で散々痛い思いをしたトラウマがあったので、歯医者と言えば抜歯をするところで、田北先生のように歯の歪みを正すところだという感覚は、それまでのわたしにはまるでなかった。
 
 田北先生のアイディアから、歯学センターのスペースの中心に「花の芯」のような相談室を置き、その周囲を花びらのように 治療室が取り囲む、という構想を考えた。

 では芯にあたる相談室はどうデザインすればいいか。

そこで、相談室の壁は、まるでショーウィンドーのようにした。
絵でも置物でも本でも、とにかく楽しくするものをいっぱい置いて、おいでになる方をゆったりとした気分にさせることが大切だ、ということに気がついた。気持ちを落ち着かせるのに、手術や歯の写真などは一切不要なのである。

 じつのところ、歯科医院にそんなことが本当に必要かどうか、少々不安があった。
何しろ、ご自分で歯が痛むとペンチを使って抜歯をされたこともあるような本田宗一郎さんのような方も素敵な患者さんになられたとの事、中途半端なことは許されない。
しかし、その心配をよそに、やがてこの花の芯のような相談室が多くの方々に受け入れられ、 これまでの歯医者さんとは違って、安心して相談ができ、先生に自分の歯の事や健康についてゆっくりと相談できる雰囲気ができた。

 実際、そのことを証明してくれた人が、わたしの周りに三人おられる。
ひとりは元多摩大学教授の白根禮吉先生で、もうひとりが財団法人日本総合研究所理事長の野田一夫さんで、三人目がわたしの先妻だった。
経過はともかく、この三方はいつの間にか、白く美しい歯のにこやかなすばらしい笑顔になった。
これほどのデモンストレーションはない。

 こういう方々が周りに増えてきて、以来、わたしも田北先生の虜になってもう20数年になる。

 科学技術庁主催のつくば科学博’85では、展示の中でいろいろなロボットが出現した。
とりわけ、しゃべる案内ロボットが人気だったが、その発声が不明瞭なのは歯を入れていないからだという話がある。
また、歯を見せて運勢を見る占いロボットもあって、歯並びは印象を左右する重要なファクターであることに、とても興味をそそられた。
音符を読んでピアノの自動演奏をするロボットも出品され、あとでヨーロッパのコンサートへの招待の話が持ち上がった。
しかし、ロボットのメンテナンスが大変で、残念ながら実現はしなかった。

 人間はロボットではないので、自分でメンテナンスすれば、虫歯を予防することができる。

高齢になると歯が脆くなってくるが、最近ではインプラントの技術が急速に進み、丈夫な歯が可能となったし、子供の歯の 矯正技術も高度化し、利用者が増えている。

 歯は、やはり人間にとって栄養の摂取に重要というだけでなく、人間の社会活動全般に関係し、ますます生活の 根源ということになってきた。田北先生への相談も、幅広く奥深くなり、重要度が増大しているが、「日本歯学センター」と 命名された先生の初志は理に適っていた。

 建築家として、人に魅力を与える問題を考えるテーマに出会えたことに喜びを感じ、こころから感謝している。