ha ha ha 考える歯

「口中閑あり」 小松 左京さん(作家)

 私が田北先生を訪れたのは、1981年春のことだったと思う。
ホテルニューオータニのアネックスに「フォーラム」という知的複合オフィスができ、私は東京にいる間、その1階にある「エレクトロ・オフィス」の金魚鉢のようなガラス張りのコーナーに、いつも陣取っていた。
未来学会の仲間が何人か3階に落ち着いたオフィスを構えているのに比べ、私のオフィスはOAのショールームも兼ねていたので、 いつも大勢の人が出入りしワサワサしていた。「どうせ、僕は人寄せパンダなんだ」と、ちょっとすねていたが、結構それを楽しんでいたところもある。
当時はまだ珍しかったコンピューター(マイコンと言っていた!)やワープロ、ファックスなどを実際に使っているところを、編集者や新聞記者などに見せ、彼らにも触らせると、みんな吃驚しながら面白がっていた。
また、アスキーの創業者、西和彦さんや、ソフトバンクの孫正義さんなど、若手ベンチャーの旗手が来たり、先端のコンピューター・グラフィックスのデモンストレーションを持ってきて見せてくれたり、最先端技術の情報交換の場として、 賑やかな毎日だった。

 そんな風に忙しくている内に、私の口の中から何本かの歯が無くなり、しばらくは市川崑監督のように煙草を挟むのに便利だ、と粋がっていたが、白根禮吉さん(前多摩大学教授)の「3階の田北先生の所に行って直してもらうと、若返るよ、気持ちいいよ」という言葉についフラフラと動かされ、のぞいたのである。

 そこは私の「歯医者」イメージからはほど遠く、すばらしく快適な空間だった。
スタッフは皆親切で優しく、こわそうに見えた田北先生も、ちっとも痛くしない。
ベッドのような椅子に横たわって、口の中で「吸ったり吹いたり」されているうちに、いつのまにか私の口の中には「キャデラック」が1台、納まってしまった。

 私は筋金入りの「病院嫌い」なので、それまで歯医者にかかったことがなかった。
それが、田北先生とは25年もつきあいが続いている。
その秘密は、なによりもスタッフも、空間も、治療法も、全てが快適で、怖がりの私も安心して椅子に座っていられるからだろう。
そしてせっかちな私向けに、すぐに直してくれる。
80年代のメチャクチャに忙しい頃には、田北先生の椅子で治療をしてもらいながら、居眠りをむさぼったこともあった。 マッサージにも行かない私にとっては、「忙中閑あり」ならぬ「口中閑あり」の貴重なひとときだったのである。