ha ha ha 考える歯

「人生の最大の幸せの一つ」 加瀬 英明さん(外交評論家)

もうだいぶ昔のことになるが、イスラエルに招かれて訪れたことがあった。
歓迎会の席上で、挨拶しなければならなかった。政府の高官や、夫人たちが出席していた。
私は「長く旧約聖書に親しんできましたが、お国にきて、『恋歌』のなかの『あなたの髪は丘を駆け降りる黒羊の群れのように、美しい。あなたの歯は洗いたての羊のように、白く輝いている』という一節をこの眼で見て、感動しました」といった。
すると、夫人の一人から、「日本でも美しい黒髪や、白い歯を動物に譬えますか」と、質問された。
「黒髪は射干玉(ぬばたま)のようだといいます。黒いリトルクックー(ホトトギス)を、射干玉鳥と呼びます。でも、歯については、月が明るく輝いているような皓歯(こうし)という表現はあっても、動物は思いつきません。日本では皆さんの美しい指を、『白魚のような』といってほめますね。」
そう答えたら、私を囲んだ夫人たちが、揃って顔を歪めた。ぬめぬめした魚を想像したにちがいなかった。

歯こそは人生の重大事である。歯という字は代表的な象形文字であって、上下の歯がかみ合わさった上に、かんでとめる止が乗っている。歯と令を組み合わせると、齢(よわい)になるし、漢籍で「歯動揺」といったら、年をとって歯がぐらぐらすることをいう。
歯はすぐに明眸皓歯という漢語を、連想させられる。澄んだ眸(ひとみ)に、中天で月が皓々と明るく輝いているような歯である。
私は田北先生のお陰で、歯がぐらぐらすることがまったくないし、日頃、よく磨いて、手入れをするように懇切にお教え戴いているので、皓々とした歯を保っているから、精神年齢も老いることがない。
日本歯学センターは、私の理想のホスピタルである。ホスピタルの語源はラテン語で客を大切にすることを意味するホスピターレであって、ホスピタリスになると安楽な寝台になる。歯学センターの椅子は、極楽の雲を紡いだ寝台のようである。
田北先生に巡り合うことができたのは、人生の最大の幸せの一つである。